痛み(疼痛)は、臨床で最も遭遇頻度の高い主観的症状であり、その理解は治療戦略の根幹をなします。本稿では、東洋医学(伝統中国医学)と西洋医学(現代医学)の両視点から、疼痛の本質とメカニズムを比較・整理いたします。
1.疼痛の定義:両者の基本概念
西洋医学的定義
IASP(国際疼痛学会)の定義によれば、
痛みとは「実際の組織損傷またはその潜在的損傷に関連する、またはそのように記述されうる不快な感覚および情動の体験」です。
ここでは疼痛は感覚(sensory)と情動(affective)の統合的体験とされ、その評価にはVAS、NRS、McGill Pain Questionnaireなどが用いられます。
東洋医学的概念
東洋医学では、痛みは「気血の停滞」や「経絡の不通」に起因する機能不調として理解されます。気(エネルギー)と血(栄養物質)の流れが阻滞されると、組織・臓腑の機能が低下し、疼痛が発生すると考えられています。
痛みは「阻滞(ストasis)」のシグナルであり、症状そのものが診断情報として重要視されます。
2.痛みのメカニズム:神経生理 vs 気血理論
2‑1.西洋医学 —— 神経機構と炎症性疼痛
侵害受容と伝導
末梢に存在する侵害受容器(nociceptors)が化学的・機械的刺激を感知し、Aδ線維やC線維を介して脊髄後角へ入力されます。
- Aδ線維:高速伝導、鋭い瞬間痛
- C線維:遅い伝導、鈍痛・持続痛
中枢処理
脊髄後角でシナプス変換後、視床・大脳皮質へ投射され、感覚・情動情報として統合されます。内因性オピオイド系や下行性抑制系(ペインゲート理論)が疼痛修飾に関与します。
炎症性・神経障害性疼痛
炎症ではサイトカイン(IL‑1β、TNF‑αなど)、プロスタグランジン、ブラジキニンが侵害受容器感受性を亢進させます(末梢感作)。神経障害性疼痛では軸索損傷に伴い ectopic discharge や神経過敏化が生じます。
2‑2.東洋医学 —— 経絡・気血・臓腑の統合
気血の流れと痛みの発生
東洋医学では経絡(meridians)が身体エネルギーの通路とされ、気血がスムーズに流れることが健康状態の維持に重要であるとされます。
- 気滞(きたい):気の流れの停滞 → 鈍痛、張り感
- 血瘀(けつお):血の停滞 → 刺すような痛み、局所の腫塊感
- 寒凝(かんぎょう):寒冷侵入 → 締め付ける痛み、悪化傾向
- 湿阻(しつそ):湿気の停滞 → 重だるい痛み、動きで増悪
疼痛は【病理エネルギー(邪気)が経絡を障害する結果】と捉え、針灸や漢方により経絡の流れを整えることを治療目的とします。
3.評価と分類
西洋医学的アプローチ
- 機序ベース分類:侵害受容性/神経障害性/機能性
- 疼痛スケール:NRS、VAS、Wong‑Baker など
- 神経学的評価:知覚異常、反射、神経伝導検査
東洋医学的アプローチ
- 証(しょう)診断:気血の偏在、寒熱の有無、虚実状態
- 舌診・脈診:全身状態を反映する情報として疼痛と関連づけます
- 局所+全身の統合評価:経絡走行に沿った痛みの分布や体質評価
4.治療戦略の比較
西洋医学
- 薬物療法:NSAIDs、アセトアミノフェン、オピオイド、抗てんかん薬、SNRI など
- 神経ブロック:局所麻酔、ステロイド
- 理学療法・リハビリ、心理療法(認知行動療法)
東洋医学
- 針灸:経絡上のツボ刺激による気血調整
- 漢方薬:瘀血除去、気滞改善、生薬による内環境調整
- 推拿・気功:体表リズムと気の流れの調和
両者は補完的であり、近年では統合医療として併用されるケースが増えております。
5.両者統合の可能性と限界
統合の利点
- 西洋医学の病理・機序理解と東洋医学の全身調整アプローチの相乗効果
- 慢性痛への薬物依存低減
- 自律神経系・ストレス応答への包括的介入
限界と留意点
- 東洋医学の気血理論は再現性・客観性評価が困難です
- 証の主観診断と西洋的評価指標の統一が課題です
- エビデンスレベルの差(RCTなど実証研究の充実化が必要)にも配慮が必要です
痛みを理解するには、それが単なる症状ではなく身体・心の複合的反応であるという視点が不可欠です。
東洋・西洋双方の視点を統合することで、より深い疼痛理解と個別化治療が可能となるでしょう。
参考文献
| 項目 | 代表的文献・資料 |
|---|---|
| 痛みの国際定義(IASP) | SN Raja et al., The Revised IASP definition of pain (Pain Reports & IASP News) |
| 侵害受容器・疼痛生理 | Nociceptor — Wikipedia(侵害受容器と痛み生理) |
| 痛みの分類と病態 | 日本臨床ガイド / 医療系解説(侵害受容性・神経障害性) |
| 痛覚変調性疼痛 | Nociplastic Pain — Wikipedia(痛覚変調性疼痛の定義) |
| 東洋医学的疼痛理論 | 東洋医学テキスト(気・血・経絡理論) / 漢方・鍼灸専門書 |
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